急死した猫の後継者「宝」という名の片目の黒猫

急死した猫の後継者「宝」という名の片目の黒猫

9年飼っていた猫の急死で人知れずへこむ私の元に、ある日母猫に置き去りにされた小さな子猫が転がり込んできました。まだ生後1か月にも満たない子猫の片目はその時既に光を失っていたのです。

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縁の下の子猫

車の上の黒猫

「縁の下で子猫が死にそうになっているんだけれど、どうしよう」

ある日、唐突に知人からそのような電話が掛かってきました。

経緯を聞くと1~2週間前に彼女の家の縁の下で野良猫が子猫を産んだとの事。しかし2~3日前に子猫を残したまま母猫は出て行き、そのまま戻ってこないのだそうです。

彼女とその息子さんは母猫が戻ってくる可能性があるため様子を見ていたそうですが、戻ってくる気配はなし。時々聞こえる子猫の声も徐々に弱まっていると言います。

「もうしょうがないから保護しよう。うちでまた里親を探すわ」

当時、小学生低学年だった息子さんが縁の下に潜って連れ出したのは、まだティーカップに収まるサイズのちっちゃい2匹の黒猫だったのです。
この時残念ながら1匹は既に亡くなっており、そこのお庭で丁寧に弔って頂きました。そして残る1匹、私が摘まみ上げて手のひらに乗せた子猫の片目は一目で“見えない”と分かるくらい真っ白に変色していたのです。

片目の見えない子猫

黄色いタオルの上の子猫の写真

子猫は話の通り生後2~3週間ほど。かなり衰弱しているのかと思いきや、手に乗せると盛大に鳴きながら腕をよじ登ってきて、顔や耳たぶに吸い付きます。哺乳瓶でミルクを与えると、息をつく間も惜しんでたちまち飲み干してしまいました。

その後、すぐに病院で診てもらったのですが特に異常なし。ただし、目については原因が分からないものの治療しても見えるようになる見込みはないという結果でした。当時はそこそこ広さのある家に住んでいたので、そのままうちで引き取っても支障はなかったのですが・・・その時の私には簡単に子猫を迎えようという気にはならない事情があったのです。

突然旅立った猫とペットロス

子猫を保護する5か月ほど前、私は4匹いた猫のうち1匹を亡くしました。中々癖の強い子で手のかかる、まだ9歳の猫です。特に持病がある子でもなく他に15歳を超える高齢猫もいたため、その子の死は想定外でした。

私の本業は画家ですが、このショックとそこから回復しようとやった事が裏目に出て、創作意欲がふっつりと消えてしまったのです。他の事も要因として絡むので完全なるペットロスとは違うのかもしれませんが、引き金になったのは今考えても猫の死だったと思います。

夢枕に座る猫

先に書いたような事情があったので、ひとまず子猫を預かったとはいえ心中は複雑です。

「ちょっと預かっただけだから。元気になったら他所にやるからいいよねぇ?」

そんな事を考えながら迎えた最初の夜。明け方、少しウトウトしている中で不思議な夢を見ました。

目を閉じている筈なのに、瞼には見慣れた部屋の風景が映っています。そしてその中に見慣れてはいるものの、もう二度と見る事が叶わない後ろ姿がありました。スラっとした白い背中に、茶虎ポイントの耳と尻尾。

間違いない、あの亡くなった猫です。

あっと思って瞼を開けると、そこには目を閉じて見たのと寸分変わらない風景がありました。ただ、あの白い背中だけが消えていて、代わりに私の横にある小さな箱から子猫がわずかに身動ぐ音だけが聞こえます。

あの子が亡くなって以来、どんなに気にしてもこんな夢は見た事がありません。

一体どうした自分?いや、まさか、本当にあの子が物申したくてやってきたのか?

少し考えはしましたが、子猫が目を覚ますとそれは何処かへ行ってしまいました。なにしろ、まだ自分で食べる事も排泄も出来ないのに加え、4時間おきに点眼をしなければならない子猫の世話は忙しかったのです。

まぶたが閉じられない!命の危機

黒い子猫

こちらの心配と悩みも知らず、子猫は順調に大きくなっていきました。大きな猫にも犬にも物怖じせず、中々度胸の据わった子です。

今まで登れなかった所へも登れるようになり可愛い盛りです。幸いこの子は片目ながらも、とても器量よしだったのです。

柴犬と子猫

そろそろ里親探しを考えようと思っていた矢先、見えない片目がパンパンに腫れあがりました。瞼が腫れているのではなく、眼球が腫れあがり瞼が閉じれないのです。そもそも目が白濁した原因がハッキリしないので、今回の事も当然理由は分かりません。目が腫れても本人は元気ですが、子猫はちょっとした菌の感染が命取りになります。

とにかく乾燥させないように今まで以上に点眼をしようとなりましたが、目薬はさした先から乾いてしまい、カサブタのようなものでコチコチになる小さな目。先生と相談した結果、強引ではありますが飛び出た目を押し込んで瞼を縫ってしまう事になりました。少し可哀想ではありますが、このまま自然治癒することはないのです。体力のある内に決断するより他にありません。

過酷な処置にも子猫はよく耐えました。しかし、瞼の下の目はどうなっているのか・・・・。

処置から2週間後

2週間後、抜糸をして開かれた瞼の下から片目は消えていました。残ったのは白くてチョロチョロ動く眼筋のようなものだけ。

先生曰く、処置を施した時には既に眼球の組織の半分以上が崩れていたので、そのまま体内に吸収されてしまったのではないか?との事。今後の可能性として瞼が内側に入り込む事や、残っている右目もどうなるか様子見という課題はありましたが、ひとまず危機は脱したのです。

「あ~来た~。またこの後に不安が残るケースか」

私は前にヘイという野良猫を保護して最終的にうちの猫としました。ヘイの性格上の問題に加え、やはり今後の治療の不安があったためです。小さなことでも病気の治療はお金がかかりますし、猫を病院に連れていくのは一大事業ですからね。

病院からの帰り道も子猫の身の振り方を考えていました。そして忙しさにかまけて考えるのをやめていた、あの不思議な夢を思い出しました。

そういえば・・・亡くなった猫は産まれた兄弟の中で一番小さく、飼い主に捨てられそうになっていたのを私が辛うじてもらい受けた猫でした。あの子もまた条件の悪い、うちに来るより行き場のない猫だったのです。

バッグの中で大人しく眠る子猫は、もうその猫と私が初めて会った時と同じくらいの大きさになっていました。私の中で何かがコトンとハマる音がして、唐突にあの夢の意味が分かりました。

「そうか。あの日、自分の代わりが来たのを見届けに来たのか」

帰宅した私は9年前と同じように先住の老猫2匹に土下座をし、子猫の世話をお願いしたのです。あの時と同じく「あの~、新しい猫を迎えたいので、何卒宜しくお願い致します」と。
またこれも不思議ですが、それまで子猫には見向きもしなかった先住猫達は、その日を境に何くれとなく世話を焼くようになったのでした。

皆のテソロ

子猫には改めて「tesoro(テソロ)」という名前を付けました。
スペイン語で「宝」という意味です。

小さくても勝気なテソロには、私だけでなく先住猫も犬も皆が振り回されました。でも誰もテソロの悪戯を本気で怒らないのです。成長してもやや小ぶりなテソロを負かすことは老猫でも出来たでしょうし、オス猫のヘイや柴犬には当然容易い事だったでしょう。
でも、誰もテソロにそんな事はしませんでした。

母猫に置いていかれた小さな子猫は、いつの間にか皆の宝物になっていたのです。

まとめ

眠る黒猫

テソロがやってきてから数年後、老猫達は天寿を全うするように旅立っていきました。今はテソロと元野良猫ヘイと柴犬まほろの3匹と暮らしています。

テソロの目はあの時から永久に失われてしまいましたが、それで特に不自由している事もありません。高さ1m以上はある本棚に軽々と飛び乗って網戸越しに外を見るのがお気入り。窓越しに見えるその姿をご近所さんは「窓際の黒猫」と呼んで、よく手を振って下さいます。

私は仕事柄、可愛がっていた犬や猫を亡くした方の話をよく伺います。ずっと一緒に暮らしていた子を亡くすのはとても悲しい事で、とてつもない喪失体験です。そして新しい子を迎える事に後ろめたさを覚える方も少なくありません。その想いはとても分かります。自分が体験したことですから。

でも、テソロを迎えて、その考えは少し変わりました。そうゆう想いは、あくまで“残された側の考え”なんだと思うのです。“旅立つ側の考え”はどうなんだろう?と思うのです。

もしも自分が誰かを残して旅立つのであれば、残った人には今まで通りに楽しく暮らしていて欲しいと私は思います。それはひょっとしたら動物も同じなのかもしれない。

自分がいたころのように飼い主に笑って欲しくて、時々重ねて自分を思い出して欲しくて代わりを無理やり連れてくるのかも。きっとそれは代わりというより後継者で、それを欲しているのは人だけではないのです。

そうゆう旅立つ子が運ぶ縁まで心から締め出す必要はありません。そこは素直に受け取ってもいいのではないでしょうか?

新しい出会いから始まる絆は、絶対に以前のものを上書きで消してしまうものではありません。

むしろ、新しい絆が古い絆を強く結んでいくのです。

残された右目に動物の不思議を映し、無くした左目にこれまで出会った皆の想い出をしまい、
テソロは今日も元気に暮らしています。

出会いも別れも繰り返されるけれど、そのどれか一つでもいらないものはないのです。

猫の似顔絵と猫
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