歴史の陰にニャンコあり?! 勇敢な猫たちの物語

歴史の陰にニャンコあり?! 勇敢な猫たちの物語

歴史に名を刻んで来た様々な動物たち。でもなぜか、猫の偉業は聞かない……? いえ、そんなことはありません。人々の知らないところで猫だって歴史に名前を残して来たのです。今回は宇宙に行った猫と『南極物語』の陰の主役についてご紹介致します。

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身代わりで宇宙に行った猫・フェリセット

宇宙服を着た猫

亀、クモ、猿、メダカ、カエル……etc。

今まで多くの動物たちが宇宙に旅立って行きましたが、残念ながら無事に帰って来た動物ばかりではなく、むしろ多くの動物がパラシュートの故障で地面に激突したり、パラシュートが作動しなかったりと様々な理由で尊い命を落としています。

宇宙に行った動物と聞いて、最も多くの人々が思い出すのは、ソ連の雑種犬「ライカ」でしょう。ライカは1957年11月3日に、動物で初めて地球軌道を周回しました。元々ある事情から、搭乗後7日目に薬殺される予定だったライカですが、その代償はとても大きく、打ち上げの数時間後には熱中症とストレスで死んでしまった、と言います。

一方、1963年10月18日、フランス国立宇宙研究センターでは、フェリックスという小さなキジトラ猫を宇宙へ飛び立たせるために、色々と準備を整えていましたが、打ち上げ当日、フェリックスはふらりと行方をくらましてしまいました。身の危険を感じたのかもしれません。

その身代わりとして、白羽の矢が立ち、宇宙に打ち上げられることになったのがフェリセット。のちに「アストロキャット」(天体の猫、星の猫の意味)の愛称で親しまれた白黒のはちわれのメスです。フェリセットはヴェロニクAG1ロケットに搭乗し、サハラ砂漠の高度209キロの上空に打ち上げられました。

その後、15分間の宇宙旅行を終え、パラシュートを使って無事に帰還。フェリセットの頭には、バイタルを測定するための電極が埋め込まれていて、そのような過酷な状態でも無事に帰還したことに、母国の英雄としての勲章を授与されています。

しかし、残念なことに、フェリセットはフランスの宇宙開発には大きく貢献しましたが、宇宙開発と言えば、一歩抜きん出ていたのはアメリカとソ連。特にその頃は、競争が激化していました。アメリカとソ連と言えば、宇宙に送り込む動物は犬や猿で、大きな成果を残せなかったフランスと共に、フェリセットの名は歴史に埋もれてしまった、と言っても過言ではありません。

しかし、多くの動物が宇宙で命を落とす中で、野良猫だったフェリセットは、勇敢な猫として、その存在を確かに宇宙の歴史に刻み込んだのです。因みにフェリセットのすぐ後に、宇宙に行った猫は残念ながら命を落としています。

もう一つの『南極物語』―三毛猫・タケシの場合―

南極

『南極物語』をご存知ですか? 動物好き、犬好きなら涙なしで観ることは出来ない、1983年(昭和58年)に高倉健主演で公開された日本映画です。その後、ドラマ化もされました。

初代南極観測船宗谷で南極の地に渡り、観測隊に置き去りにされた15匹のカラフト犬。過酷な状況を乗り越え、生き残った兄弟犬のタロとジロと観測隊が、1年後に再会したエピソードを元に描かれた奇跡のストーリー。ドキュメンタリータッチで、撮影に3年もかかったと言われています。

しかし、あまり知られてはいませんが、実はこの船にはオスの三毛猫「タケシ」も乗船していたのです。

オスの三毛猫と聞いて、「え!?」と思った方は、猫に詳しい方だと思われます。そうです。タケシはオスの三毛猫でした。オスの三毛猫と言えば、1/1000(三毛猫限定)とも、1/30000(猫全体)とも言われている希少種です。オスの三毛猫が1匹いれば、一軒家が購入出来る、と言う都市伝説があるくらい珍しいと言われています。

実はそこにタケシが船に乗った理由があるのです。

そもそも猫は、船の守り神として、昔から人間と一緒に旅をする存在でした。船内の食料を食い荒らすネズミは船乗りの天敵で、侵入して来るネズミを退治する役割を担って(長旅の癒し的存在でもあった)、かつては世界中の船が猫を乗せていた、とされています。

イギリスでは当時の海上保険法で、船に猫を乗せることを義務づけられていました。乗せていない船は、ネズミ被害にあっても承知の上である、と結論付けられ、損害への保証はされませんでした。

因みに日本では「ネコは船中で必ず北を向く」「ネコが騒げば時化、眠れば好天」「オスの三毛猫を船に乗せると漁に恵まれる。安全に航海出来る」などの言い伝えがありました。

元々、タケシは動物愛護協会に保護された猫でした。南極観測船出航のニュースを聞いた動物愛護協会の職員が、航海の安全を願って、隊員たちの元に連れて来たのがタケシだったのです。当初は名前はありませんでしたが、初代南極観測隊隊長の名前が永田武さんだったことを受け、タケシと名付けられました。

タケシの他にはカナリアも乗船していましたが、カナリアは有毒ガスの検知のために乗せられていました。

船が南極に到着した時点で、安全な航海祈願の役割を全うしたタケシですが、隊員たちの希望で昭和基地に留まることになりました。この時、タケシを降ろした船は、帰る途中に氷に阻まれ身動きが取れなくなり、ソ連の船に救助されています。

忽ちアイドルになったタケシに隊員たちは「タケシめ!」「こら、タケシ!」と言いながら、ふざけてタケシの頭を軽くこづいたりして、永田氏への憂さ晴らしをしていた、と言います。

またタケシは「気をつけ!」と号令を掛けると、後ろ足で立ち、前足を揃えて、テーブルの上に顎を載せる独特のポーズを取ったそうです。隊員達が手作りした救命胴衣を着た愛くるしい写真が今も残っています。

昭和基地では送信機のケースの中に入り、高圧線に触れ、肩に大やけどを負いましたが、奇跡的に一命を取り留めました。

このように隊員たちと、南極で1年を過ごしたタケシは、悪天候が原因でタロとジロを含むカラフト犬たちが残される中、カナリアと共に日本に帰国しました。その後、隊員だった作間氏の家で飼われる予定になっていたタケシですが、帰国後1週間程で、こつ然と姿を消しました。その後の消息は掴めていません。

タケシをモデルにした絵本の中で作間氏は、

「タケシの魂は、昭和基地にいっているはずですから、ぼくも命が終えるときにはタケシに会えますよ。そうしたら、ずっと探して待っていたんだよって言ってやりますよ」と語っています。

歴史の陰ににゃんこあり。あなたはもう一つの『南極物語』をご存知でしたか?

まとめ

石の上でたたずむ猫

歴史に名を残した動物と言って、すぐに思い浮かぶ動物と言えば、西郷隆盛の愛犬・つんや、主人の帰りを渋谷駅で待ち続けた秋田犬・ハチ公や、冬の日に、飼い主を事故から守った盲導犬・サーブなど、犬が多いように感じますが、実は猫も負け時と、歴史に名を残しているんですね。ただその数は少ないようですが。

しかし、空前の猫ブームを迎えている今、これからの日本で、歴史に名を残す猫がまた出て来るかもしれません。そんな日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

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